こんにちは。いっぽです。
心に残る出来事があり、言葉にしておきたいと思いました。
SNSに書く長さじゃないなあ・・と思いましたが、そうだこの場があったと
こちらに書かせていただきます。
グリーフサポートグループ ippoカフェの備忘録としてしか使っていないブログですが(;^_^A
長いですが、もしよろしければお付き合いください。
【心的外傷後成長(Post-Traumatic Growth, PTG)】
心的外傷後成長(Post-Traumatic Growth, PTG)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
チャットGPTに聞いたところ、以下のような返答でした。
========================
PTGは、トラウマや困難な出来事を経験した後に、人々が心理的、社会的、精神的に成長する現象を指します。PTGは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の対照的な概念として研究されています。PTGは以下の5つの主要な領域で見られることが多いです:
新しい可能性の認識:困難な状況を経験した後、新しいスキルや興味、機会を発見することがあります。
個人的な強さ:困難を乗り越えることで、自分自身の強さやレジリエンス(回復力)をより深く理解することができます。
人間関係の深化:トラウマを経験した後、他者との絆や支援の重要性を再認識し、より深い関係を築くことがあります。
人生に対する感謝:人生の小さなことや日常の喜びに対する感謝の念が深まることがあります。
精神的変容:宗教的または精神的な信念が深まるか、新しい視点が生まれることがあります。
PTGは、すべての人がトラウマから成長するわけではなく、その経験の捉え方や個人の資質、社会的支援などの要因によって異なります。しかし、PTGの概念は、困難な経験を単なるネガティブなものとして捉えるのではなく、それを通じて成長する可能性があることを示しています。
は、トラウマや困難な出来事を経験した後に、人々が心理的、社会的、精神的に成長する現象を指します。
======================引用終わり
この週末は、ふたりの若い女性と話す機会がありました。
金曜日夜。
お父様を10代で亡くしたAちゃん。20歳。その直後から話を聞く機会があり、あれから8年。色々な時期がありましたが、ここまでじっくり思いを聞いたのは初めてだったかと思います。当時の想い、心境の変化、現時点での家族への想い。様々に話してくれたのですが、彼女が直面してきたひとつひとつの事を思うと言葉がなかったです。でもそれを受け止めて言語化する力、日々を精一杯生きる姿、心からの尊敬です。でもこんなに年の差はあれど、彼女の紡ぐ言葉に私自身を重ねる場面も多々ありました。この12年感じてきている喪失経験を共有することの不思議さです。2人で一緒に扉を開いてその奥に進む感覚をこの時も持ちました。20歳らしいかわいさと輝きであふれているAちゃん。道行く彼女を見たとき、こんなにも深い思いを心に持っていることは誰もが想像つかないでしょう。彼女の言葉、生き方にとても感銘を受けました。
土曜日は、大島花子さんのデビュー20周年ライブ。
姪と行きました。大学4年生の姪。次の4月から社会人になりますが
ライブ活動をしており、副業可能なところに就職することになったと。
この’歌が好き’というのは、彼女の両親にはないことで、顔も私に似ている姪。
DNAとは不思議なものです。この日はライブの前にカラオケをして
私が歌ったのは、是非姪に歌ってほしい昭和ソング。次に姪の歌声で聞けるのが楽しみです。
花子さんのライブを見るのは姪のこれからにも役立つであろうと思った伯母心もありました。
花子さんとの出会いは、今から10年前。
小さなバーでのマイクを使わないライブで、その時に色々とお話をさせていただきました。夫の死別から2年経った頃でしたが、、
43歳で亡くなった夫。直後に、43歳で他界した芸能人 というのを何気なく調べたときに一番最初に出てきたのが
「坂本九さん」 39年前に日航機墜落事故でお亡くなりになりました。つい先日もソウル梨泰院事故の遺族の方とお話した時にこの事故のことを思い出していました。
そのお嬢様である花子さん。花子さんと出会った当時、私はまだまだこの先どう生きていくのだろうという不安がいっぱいでした。
でも、喪失から前に進む経験を先にされていた花子さんの存在を知り、歌声を聞き、
とても心癒され励まされました。
以後、定期的にライブに行くようになり、「いのち」をテーマの音楽に浄化されてきました。
昨日のAちゃんの話を受けて、このタイミングでのライブ。
そうか、、花子さんもまさにAちゃんのように10代で死別を経験しているのだ・・・
私自身は、またきっと花子さんの歌を聞き、あたたかな涙を流し、
癒されるだろうと予想していました。そして、その通りで、父子の歌「親父」 ではやはり涙、涙。ライブは、やはりとてもとても素敵な時間でした。
(こちらは昨日のライブではないですが、花子さんの歌声に是非触れてみて下さい)
そして、その後姪と話をしてさらにその時間が素晴らしいものとなりました。
ちなみに・・・かなり余談ですが
先日、とあるKpopスターのファンミーティングにその方のファンの友人に誘われていきました。彼が、42歳だったのです。そのあまりの男盛りぶりに度肝を抜かれ、43歳、夫はやはり若かったなとしみじみ感じました。
いや、、その鍛え抜かれたスターと夫は全然違うのはもちろん分かっていますが(;^_^A
夫は当時、40代以上のラグビーチームに入り、毎週ラグビーの練習をして試合に出て、暇さえあれば体を鍛え、心身共に充実していた日々を過ごしていたなと改めて思い出しました。
話を戻します。
姪に、どうだった?と聞くと
「まず、〇ちゃん(私)が言っていた、’富士山のふもとの湧き水のような清涼感’ の意味が分かった。それと、いってらっしゃいと言って送り出した人が帰ってこないということがある。(ライブ中の花子さんの言葉)当たり前の日常に慢心してはいけないと思う」と。
その後、色々な思いを話してくれました。
そうか。。。姪にとって 伯父である夫の死はある意味、とても唐突な死だったんだ。
ご遺体を自宅に安置している時に、弟家族が来てくれたのですが、当時小学生だった姪は、’怖い’と言って 近寄る事が出来ませんでした。これが姪にとっての最初の人の死に触れる経験だったと。そこから色々考えるようになったと。そして私にとって母、姪にとっては祖母の事。
母は、’大脳皮質基底核変性症’という、難病を50代で患い亡くなりました。10万人に2人と言われた病気。医師からは寿命は8年くらいという説明を受けており、ほぼその経過をたどっての死でした。
でも、姪はその命の限られている事実を知らなかったそうなのです。もっと出来た事があったはずだ、その後悔が深く深く心に刻まれているのだと。
さらに、突然の事故で大切な身内を亡くす経験も姪はしています。これらをすべて経験した中学生以降の姪を見ていると、本当に何でも全力投球、勉強も、部活も、歌も。本当に頑張り屋さんだなあと応援してきていましたが、そうか、、そのことが根底にあったんだな・・と思い知らされました。
やはり、聞いてみないとその方の奥にある思いは何も分からない。
私はどちらかというと、姪に歌の部分での学びを与えたいと思ったのですが、思いがけずこうした話をじっくり聞くことになりました。
12年経ち、夫の死が思いがけず姪にも影響を与えていたことを知り、彼の死の意味を感じることが出来たのは私には嬉しい事でした。
花子さんのライブに感謝です。
Aちゃん、そして姪。
我が子達もですが、10代の子達に死別経験が与える影響の大きさははかりしれない。Aちゃんが、「そのまま闇に落ちてもおかしくなかったと思う。でも、、、」とそうならなかった思いも話してくれました。
我が子達を見ていても、10代で「明日は何が起こるか分からない」という感覚を持って生きる人生は、私が見ていた10代以降の景色とは全く違うものだろうと感じるし、私はしていない経験をして進んでいることだけでもすごいことだなと感じてきました。
私自身は、祖母や友人を10代で亡くしましたが、正直そこまで自分事としては捉えていなかったと思います。それでも、実はその経験が今の活動にとてもつながっています。夫の死別からこうなったわけではなく、私にはすでに死生への関心の種が10代で蒔かれていたのです。
小学生、中学生のころ、そして、20代の時、私は死についてすごく関心があったし、話したかった。でも、そうしたことを話せる人は周りに全然いなかった。
同級生とも話しませんでしたが、何より、当時
聞いてくれる大人が全くいなかったんだと改めて気が付かされました。
聞いてくれる人がいないと話せない。
ここも、私がこの10年すごく体感していることです。
もし、私が聞くことによって、まだまだ若い世代の彼女たち、彼らに開かれる何かがあるならば喜んでその役割を果たしたいと思いました。
死別後は、大人でも心無い言葉(しかし発している当人にはその気持ちはないことが多い)に傷ついて扉を閉めてしまう事があります。それが10代ならばなおさらだと思います。
死別後を歩む方達の話を12年間、聞かせていただいてきました。ひとりひとりの
持つ前に進む力にとても励まされてきました。
もちろん、おひとりおひとりその進み方は違うし、このタイトルのような
成長を必ず得なくてはいけないとも思っていません。
むしろ、この考え方が、悲しみの渦中にいるときはその人を苦しめることにも
なるという懸念もあります。
よく言われる言葉「時が解決する」
数年たったころ、この言葉が呪いのように感じることがありました。
解決なんてしないんです。答えはないし、亡き人への想いは消えることはない。
ただ、解決でなく、受け止め方や、見える景色は変わってくるのだとも感じます。
生きていれば、楽しいことももちろんあるし、素敵な出会いもある。
新たな人生に舵を切ることもあるし、それは本当に喜ばしいことだと思います。
そして、喪失は’死別’だけでなくあちこちにあって、生きているとどうしても喪失に
出会っていくことになる。
死別時に小学生のお子様の場合、その後学校への行き渋りが始まることもあり、
(もちろんそうならないこともあります)
そこをサポートしていく親は、頼りにしたい配偶者が亡くなっていることで
悲しみと、ひとりでの子育ての辛さを両方抱えながら進まないとならなくなる。
渦中にいるときは本当に苦しいし、悲しい。
でも、そのあとに悲しみ だけ ではない何かがあると思えることで心が支えられるならば元気な時に、この考え方を知っておくことは大切かなと思います。
こうした話を、どの世代の方達でも、今回のように若い世代の方々も、もっと楽に話せるようになればいいなと願っています。でも、この12年間グリーフサポートや、死生の対話の場を作ってきて、それは大人にとっても
そんなに簡単な事ではないとも感じています。でも絶望せずに、このippoカフェの場の継続など私に出来ることはしていきたいです。
そして、コンパッションコミュニティ、都市形成への関りもしていきたい。
今の自分を、大切にしつつ、楽しみつつ
亡き人への想い(これは家族だけではないですね。大切な友人も含みます)を持ち続けてもいいのだと、花子さんのライブに行くと毎回感じさせていただきます。
気が付けば、来週はお盆の入りです。
そして、今月のippoカフェは7月21日(日)に行います。
ご参加を希望される方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。
長い長い文章になってしまいました。読んで下さいました方、本当にありがとうございます。